新たなる武満を聴く〜タケミツを知ること、それは愛を知ること〜
この作品は、武満徹へのオマージュとしての『武満徹の音楽による新作音楽舞台劇』です。1987年、私はリヨン歌劇場のためのオペラを武満さんに委嘱しました。1996年、彼の死の二カ月前に電話で話したときには、すべての構想が彼の中で出来上がっていました。しかし、それらはみな、彼と共に消えてしまいました。彼は多くのアイデアを持ち、オペラについての本も書きましたが、音楽的なことについては残念ながら、なにも遺しませんでした。
武満さんは純粋音楽、映画音楽など、いろいろな種類の音楽を書きましたが、オペラは書きませんでした。しかし、このプロジェクトには演劇的音楽が必要です。そこで、私達はテキストのある音楽を選ぶことにしました。『系図』のような語られる音楽、『マイ・ウェイ・オブ・ライフ』のような歌われるもの、語られる音楽と、音楽による物語りとしての『弦楽のためのレクイエム』、伝統的音楽と西洋オーケストラの対決『ノヴェンバー・ステップス』。これらの作品にはドラマ性があります。そして、武満さんによって描かれる『笑い声のついた想い出のサンフランシスコ』、鳥の声、ノイズなどは、私達を日常の時間から別の時間感覚へと解放し、イマジネーションを促進します。
このプロジェクトに私達は3年を費やしましたが、こうした様々な世界を集めて、小さな物語から大きな物語を紡ぎだし、武満さんが書こうと望みながら成し得なかった〈オペラ的なるもの〉を実現しました。
ケント・ナガノ(指揮)――東京公演パンフレットより
舞台を創る人間の役割は、人間が生きている世界と、さらにその外側を覆う世界――自然や宇宙、無限性といったもの――を表現することだと考えています。総譜がすべてで、音楽からどのような形で演劇的なものを紡ぎ出していくかということこそ、演出家の仕事です。
大事なものは、‘武満徹の音楽のもつ精神’から仕事をすることです。上演指示やオペラの総譜が遺されていないことは問題ではありません。私の課題は、武満さんの精神から発せられる‘ある世界’を構成し現前させることでした。創造されるべきは、武満さんの音楽を組み合わせることによって導かれる物語の構成そして、純粋な音楽作品だけでなくノイズやシャンソン、映画音楽までをも用いた、ファンタスティックで魔術的な特別な世界です。
私は早くから日本の文化に興味を持ち、とりわけ「禅」に親しんでいますが、今回のように台本も物語もない作品をどのように語りうるかということと「禅」の世界には通じるものがあります。このプロジェクトでは、音楽に関わるということだけでなく、私たち西洋の伝統的なものと文楽や歌舞伎のスタイルを舞台に現し、「東と西」の出会いを描くことをきっかけにし、そこから生まれる出会いと経験をテーマとしているのです。
このプロジェクトは私たちにとって大変重要なものです。演劇は現実を写し取ることではなく、現実を作るものです。そこに顕れる世界は人々がまったく体験したことがないものです。武満さんの音楽は、いわば、自身を異質な文化の精神性に誘う、特別な経験をさせてくれます。劇場に集う聴衆は、自分とはまったく違う世界と対峙し、その精神性を体験できるのです。
ペーター・ムスバッハ(演出)―― 東京公演パンフレットより |