公演レポート

 

「田中之雄リサイタルII」 2001年11月

静寂と暗闇。彼方から囁くような響き。その響きの音にあわせて明るさが増し、ほんのりと浮かび上がる奏者――。終始、もやのかかったような佇まいの中に染み入る琵琶の音は、人々をまさしく幽玄の世界に誘(いざな)う。
 十一月二十八日夕、銀座王子ホールにて、「田中之雄リサイタルII」が開かれた。まず奏でられたのは大貫昭彦作詞・田中之雄作曲「霧晴るる…関ヶ原合戦記」。

  慶長五月秋半ば 朝霧深き関ヶ原
  粛々として築きたる 天下分け目の布陣あり
  戦機は天に満ちて 嚆矢は弦を放れんとす……

 時にもの悲しく、時に力強いバチ、琵琶独特の調べに乗せて、朗々とした声音。
 徳川家康、石田三成の東西二十万の軍勢が繰り広げた合戦絵巻。絵巻の片隅に島左近父子の描く花二輪。晩秋の関ヶ原に散る――。この曲は関ヶ原の戦い四百年を記念して制作された。

  わが子の最後を見届けたる 父の左近ももののふなれ
  真一文字に家康の 本陣目掛けて花と散る
  止どまらぬ人の命の常なれど こころは止めよと不破の関守

 続いて、岩佐鶴丈、斉藤鶴竜両氏の奏者を舞台の左右後方、そして田中が中央に座して、「三面の琵琶による『旅』」が奏でられた。鶴田錦史琵琶リサイタルのために、武満徹が琵琶のみの演奏作品として作曲したもので、三面の琵琶が異なった音の動きをはじめ、各々の道を求めるように進んでゆく様子が描き出された。

 三曲目は、「敦盛」。一の谷の合戦に敗れた敦盛は、源氏の武将熊谷直実に組み伏せられ、けなげな最期を遂げる。同い年の息子をもつ直実は、人生の無常を感じ出家する。

 そして、「琵琶と横笛のための『奏』」。現代の笛の名手、鯉沼廣行氏とともに田中之雄が作曲した。田中、鯉沼氏の姿に、琵琶を愛した平経正、笛の名手であったと伝えられる平敦盛の兄弟の姿が二重写しとなる。琵琶には高く澄んだ笛の音色がよく合う。

 日々の生活の喧噪を忘れ、心洗われる一服を与えてくれる――そこに琵琶の魅力があるのかもしれない。(小)

三回目を迎えた「鎌倉を聴く」―田中之雄 琵琶の会― 2001年6月

 ゆかりの地を舞台に鎌倉の人物を琵琶の音色にのせて歌い上げる――。今年三回目を迎えた「鎌倉を聴く」―田中之雄 琵琶の会―が六月二日(土)、頼朝の息女、「大姫」の守本尊である岩船地蔵尊を安置する岩船御堂の再建工事が進められている海蔵寺で行われました。大貫昭彦作詩・田中之雄作曲「扇谷俚謡―大姫追慕―」が緑溢れる庭園をバックにした本堂で奉納され、琵琶の音に寄せられ、聴衆はひととき薄幸の大姫に思いを馳せました。

 「鎌倉に聴く」は、鎌倉に新しい文化を創造することを志し、鎌倉の人物を縦軸として歴史の背景を横軸としたもので、「白荻の賦」、頼朝を唄った「白旗の抄」に続き三回目。

 今回は、頼朝の栄華の陰に幸薄き命を散らした大姫が眠る岩船地蔵のある海蔵寺本堂を舞台に行われた。図らずも、岩船御堂の再建工事が進められさなかで、「扇谷俚謡」の初演が、大姫に捧げられた。

 頼朝の娘、大姫を伝える書は少ないが、木曽義仲が義高を人質として大姫の婿として頼朝の元に差し出すが、義仲死後、頼朝は義高の誅殺を命じる。これを知った大姫は義高を女人姿で逃がすものの捕らえられ散る。これを知った大姫の悲しみは耐えず、病に臥し二十歳の若さで亡くなる。
 ほのかに紅さす大姫を思わせる地蔵は、岩船御堂の縁の下に安置されています。

 入相の鐘鳴り渡る
 扇ケ谷の夕まぐれ
 辻の端なる岩船御堂
 ほのかに見ゆるほとけぞおはす
 口に紅さす地蔵なり

 ……

 バックの庭園からは金子弘美氏の横笛の響き。蝋燭がゆらぐ舞台では、田中之雄の琵琶の音、そして浪々とした追慕の詩。

 大貫昭彦氏は「鎌倉を語る」と題して話した中で、この曲は、つい数日前まで、田中とのやりとりの末できあがった曲であると述べました。

 『扇谷俚謡』の初演に先立ち、田中涛外作詩、鶴田錦史作曲「敦盛」を田中之雄が演じたほか、横笛の調べでは、屋久島の情景を描いた金子弘美氏の樹神礼賛、田中、金子共演による青葉の笛・和歌一首が繰り広げられました。

第15回チャリティーコンサート 琵琶の世界その二 2000年6月

さる6月10日、千葉県柏市の大洞寺で、「第15回チャリティーコンサート 琵琶の世界その二」(主催・大洞院ルネッサンス委員会)が開かれ、田中之雄とその門下生である鶴旺会メンバー3人による琵琶の共演が、昼と夜の部の二回繰り広げられ、お寺の本堂に染み渡る琵琶の音色に、聞く人を幽玄世界に引き込んでいました。

  大洞寺のチャリティーコンサートは、平成2年に、本堂を250年ぶりに建て直し、そのこけら落としとしてコンサートが行われて以来毎年行われ、地域住民などに本堂を公開する形で公演が行われてきました。田中之雄の公演は今回2度目で、参加者の要望に応えてのアンコール公演。

 この日は、田中がまず、明智光秀の奇襲を受け京都本能寺で天下統一を目前に散った織田信長を巡る大事変を歌い上げた「本能寺」を披露。その後、門下生の、桜井亜木子、首藤久美子、仲塚正絵の3人による「源氏物語−胡蝶の巻−」を題材にした「春の宴」。休憩をはさんで、首藤久美子による静寂な中、薩摩琵琶の音色にスポットを当てた「翹(ぎょう)」、そして壇ノ浦で源氏軍と争って終焉を迎えた平家の最期を描いた、田中の「壇ノ浦」で締めくくりました。

 また、休憩後には田中が琵琶について解説。その中で、田中は、「その起源はペルシャで、東洋にわたって琵琶になったが、西洋にわたってギターになった。ですから、琵琶とギターは兄弟です」と説明。

 つづいて琵琶の素材について、「本体は、三宅島で成長した桑の一枚板で作られ、絃は絹糸のため、湿気に敏感で、梅雨時期は、調整するのが大変です」と語りました。

 今回の公演は、師匠でもある田中と門下生3人による初の公演。初の3人で公演について、田中は「琵琶の共演というのは、なかなか相手に合わせるのが難しいのですが、(出身)大学も同じで、ふだんから気心がしれているとあって、合奏の息があっていました」と評価。

 一方の3人は、「これから3人で世界に羽ばたきます」と、今後の公演開催に胸を膨らませていました。